殺人鬼

苦痛は忘れた頃にやってくる。
喜びはすぐに忘れる。

「残った四十四名の諸君にあらためてあいさつしとこうかの。わしが今回のハンター試験審査委員会代表責任者のネテロである」
 ハンター教会の飛行船の中。そこでネテロ会長は喋っていた。皆が真剣な表情で聞き入っている。緊迫した雰囲気が辺りを漂っていた。
 隣のサインを窺うと、周りの男達と違って、嫌そうに顔を歪めている。そんなサインの表情はなかなか見られないレアなものなのだが、相手があの狸となれば話は違ってくるので、僕は驚きを感じなかった。むしろ、普通の表情をしてる方が驚いただろう。
 そして、同じように僕自身も顔をしかめている自覚はあった。
 彼、ネテロ狸の話してることは心底どうでもいい。原作を読んだから知ってるし、貴重な情報を与えてくれる訳でもないからだ。だから僕からしたら、貴重な時間を潰すなッ! と言いたいところだ。言わないが。
「本来ならば最終試験で登場する予定であったが、いったんこうして現場に来てみると――」
 そこで周りを見渡す。そして、ふぉっふぉと笑いながら言葉を続けた。
「何ともいえぬ緊張感が伝わっていいもんじゃ。せっかくだからこのまま同行させてもらうことにする」
「……迷惑だ」
 小声でぼそっと呟くも、どうやら誰も聞こえなかったようだ。でも、あの爺は聞こえてるだろう。地獄耳は伊達じゃ無いはずだ。
 僕と爺の出会い。
 僕とネテロとの出会いは最悪なものだった。あるとき、世界五大珍味となっている楠目雀のしっぽを手に入れようと、ジャポンの森の中に入ったときのことだ。
 ちょうどそのとき思い切った買い物をしたため金穴だったのだが、不意にそれを食べたくなってしまい、危険を承知で森の中に入り込んだのだった。その森には凶悪な動物がたくさんいたが、サインを囮にしたり、首をちょんぎったり、サインを蹴り込んだり、内蔵をぐちゃぐちゃにしたり、サインを投げ込んだりして、やっと森の奥に入り込むことが出来た。
 いやー、あのときは大変だったもんだ。喰われているサインを後目に、探すのは大変だったよ。うん。
 まあ、いろいろな困難のもと、やっと捕まえたと思ったとき――あの爺が現れたのだった。せっかく僕が取ったしっぽを奪い取る形で。

『ふぉっふぉっふぉ。先に捕まえたもの勝ちじゃのう』

 とか言って、去っていったのだ。その速さは追いつけないことは無かったが、喰われているサインをさすがに置いて行くわけにはいかず、まんまと逃げられたのだった。
 これほどムカツクことがあるか? ないだろ? 無いと言ってくれ!!
 それにもし、それだけのことだったならば嫌な記憶に残るだけだった。抹殺リストに残るだけだったんだ。
 しかし、しかし、それから先も、ことあるごとにアイツは現れて現れて現れて現れて……!!
「ねえ、――」
「むっきゃああああああ!!」
「うわあ!?」
 はあ、はあ、はあ、はあ……む、いかんいかん。恨みのあまり叫んでしまった。いかんなあ。
 ううう……でも、今思い出しても腹が立つぞ……! あのニヤっとした表情を僕は忘れない。抹殺したい人間リスト、マネリタの次くらいには殺したい順番に入ってるのに……入ってるのに……くっそー! あの爺……おもいっきし重要人物だから、殺すわけにもいかないし……何なんだ? この矛盾空間は!
「主君、主君。何、自分の世界に入り浸ってるでござるか? ゴンが驚いてるでござるよ」
「めっためったの八つ切りでそれでもって――って、何? サイン」
 サインの声で意識を覚醒させると、そこには呆れ顔になったサインの姿があった。むう、生意気な。サインのくせに、そんな顔するでない。
「それで何?」
「だから、ゴンが驚いているでござる。考え込む時は、少しは周りも見て欲しいでござるよ」
「驚く? 何に」
「だから主君の叫び声でござるよ」
 僕は眼を丸くすると、同様に眼を丸くさせているゴンとキルアを見つけた。
「ああ、ごめんごめん。何がごめんかわからないけど、とりあえずゴメン」
「誠意が無いでござるね」
「てめえが言うな――それで、何か御用かい?」
 首を傾げて尋ねると、ゴンは眼を元に戻して僕に話しかけた。
「ねえ、も飛行船の中を探検しようよ! ねえ!」
「絶対おもしろいはずだぜ?」
「ええー?」
「行こうよ! お願い!」
「行こうぜ!」
「…………うう」
 ううううう。眼をキラキラさせて迫ってくる……! ここで嫌なんて言ったらきっとしょぼんとするんだろうな……いや、ここはちゃんと嫌って言わなくちゃ! 行ったらネテロに会ってしま――
「お願いだよ」
「やろうぜ」
「お願いでござるう」
 ……てめえもか。サイン。
 だから、その瞳ウルウル攻撃を止めろって、本当、お願い……僕ってそんな眼で見たことがあっても見られたことがないから……。
「……ああ、いいよ……」
「やったあ!」
 肩を脱力させて言うと、三人は一斉に喜声を上げた。
 いつのまに僕はこんなに懐かれたんだ? ゴンはともかく、キルアまで……あ、サインは別ね。
 子供のように笑い声を上げて歩く三人を見て、僕は溜息をついた。





「うわ、すげー!!」
「宝石みたいだねー」
「踏みつぶせそうでござるなあ。主君、やってもいいでござるか?」
「そのまま落ちて死ぬならな」
「また、またー。拙者は死なないでござるよ?」
「死んでくれたらどんなに楽か……」
 僕は力を込めて言葉を吐くと、サインは顔を強ばらせながら、冗談でござるよね? と言った。
 僕は三人につき合わされてこの飛行船の探検をすることになった。初めは嫌々だったけど――ネテロと遭遇するからね――考えを改めることにした。
「ふふふふふ……ネテロ――泣き言を言え!」
「ねえ、サイン。が怖いよ……」
「無視するに限るでござるよ」
「意外に淡泊なんだな……サイン」
 ゲームのとき、一瞬で勝ってやる! それでハンターライセンスもらうんだ! それでいったん帰ってやる!
 今からネテロの悔しい顔を見るのが楽しみだ!
「……」
「……キルアのさァ」
「んー?」
 おっと、どうやら原作通り進んでいるみたいだな。やっとここまで来たか。これで原作を読んだときから言いたいことが言えるや。
「キルアの父さんと母さんは?」
「生きてるよ――多分」
「何してる人なの?」
「殺人鬼」
「両方とも?」
 ゴンがそう言うと、キルアはしばし固まったあと、笑い出した。それはもう面白そうに。
「あはははは! 面白いなー、お前。マジ面でそんなこと聞き返してきたのお前が初めてだぜ――」
 他にも言った人がいるんだね。
「え? だって本当なんでしょ?」
「……。なんでわかる?」
「なんとなく」
 そうか、と小さく言って、キルアは軽い調子で言葉を続けた。
「おかしいなァ――どこまで本気かわかんないコってのがチャームポイントだったのに」
 そんなの考えてるんですね。
「ふーん」
「オレんち、暗殺家業なんだよねー。家族ぜーんぶ。そん中でもオレ、すげー期待されちゃってるらしくてさー。でもさ。オレ、やなんだよね。人にレールしかれる人生ってやつ?」
 うらやましい限りだ。僕は心で呟いた。
 人にレールをしかれるよりも、レールを踏み外してしまった方が僕にとって悲惨であると思う。しかもそのうえなお進み続けなければいけないとなると特に。踏み外したといっても見えない荒々しいレールがまだあるのだから。
 僕は自分を不幸だとはあまり思ってないけれど、それでも普通の人生がときどき羨ましくなる。普通に家族を作り、普通に友達を作り、普通に生きる普通の人々。
 だから零崎一賊は家族を作ったのだけど――
「『自分の将来は自分で決める』って言ったら親兄弟キレまくりでさー。母親なんかオレがいかに人殺しとして素質があるか涙ながらに力説するんだぜ? 結局ケンカになって母親の顔面と兄貴の脇腹刺して家おん出てやった! 今ごろきっと血眼さ!!」
「すごい家出でござるねー」
「納得するな」
 サインを軽く戒める。
「ハンターの資格を取ったらまずうちの家族とっ捕まえるんだ。きっといい値段で売れると思うんだよねー!」
 ケラケラとキルアは笑い、ゴンとサインは苦笑していた。
 そして僕は――
「ちょっと――いいか? キルア」
「なに?」
 僕がキルアに声を掛けると、キルアは僕の方に顔を向けてきた。
 これから僕は言おう。原作で最も納得がいかなかったことを。
「さっきの殺人鬼発言だがな……やめてくれないか。……いや違うな。お願いじゃない。命令だ。――やめろ」
「何のこと……? …………ああ。あれか。それがどうしたのさ。なんでそんなに怖い顔になってるんだ?」
 不思議そうに問いかけるキルアに対し、僕は口元を歪ませながら言葉を綴った。
「それは僕達に対しても、お前の親に対しても失礼だ。侮辱って言ってもいい」
「偉そうに何を――」
 キルアは急に口を閉じた。おそらく感じ取ったのだろう。僕の殺気を。ゴンとサインも同様のようだ。
「お前の親は殺人鬼じゃない。まったく――ない。いっしょにするな。僕は殺人鬼が上等だとは思ってないけれど、でもいやだ。お前の親は殺人鬼じゃなくて殺し屋、暗殺者だよ」
 僕は鬼気として言葉を続ける。
「うん。殺し屋だな。どっちかというと。……それで、僕が言いたいのは、殺人鬼じゃないやつに殺人鬼って言うのは止めて欲しいんだ。殺し屋と殺人鬼は違う。まったく――違う。人を殺すという点では一緒だけどね」
 僕は一歩踏みだし、キルアは一歩下がった。
「だけれども、それでも僕は虫酸が走るんだ。とっても。――無識兄さんも同じって言ってたな。そういえば。……まあ、ここで言いたいのはこれだけだから、守ってくれる? キルア」
「……お、おう」
 僕はその言葉を聞いて、一気に殺気を解いた。キルアの顔に安堵の表情が浮かぶ。
 そして次の瞬間、凄い圧迫感が僕達に向かってきた。








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