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泣くなよ。照れるだろ?
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「これはどういう状況なんだろうね?」
僕はポツリと呟く。それしかなかった。
僕の周りは堅牢な石によって作られた、さながら洞窟を想像するかのような場所だった。
ここはどこだろう。
そんなのは考えるまでもない。
三次試験だ。
どうやら僕は想像していたのとは違う場所に来たようだ。僕が想像していた場所とは、「いままさに別れたと思っていた仲間がいきなり目の前に現れてびっくり」といった類が起こる場所だったのだが……。
厄介なことになったものだ。
「まあ……でも――」
……でも、これは考えようによったら、実にやりやすい状況なのではないか? 僕という殺人鬼が行動するのに、周りに誰もいないのは好ましい。
ただ――
「サインがここにいないのには困ったな……」
それが困った。別に僕はサインがいなくても困らないが、サインの方が困るはずだ。
「この状況から考えたら、主人公組にいるはずだしなあ」
彼女に念能力を使って欲しいのか、欲しくないのか。それは自分でもよくわからなかった。
肩をすくめて、再度周りの状況を掴むことにする。
すると、何か文字が書かれた板、プレートのような物が壁にはまっていることに気付いた。僕はそれに近づいていき、書かれていた文字を読む。
すでにハンター文字を覚えていた僕は、自然に読み書きできるが、漢字がまったく使われていないため、ひらがなの羅列のように見えるのだった。違う意味で読みにくい。
書かれていた内容はこうだった。
「じこほしんのみち:きみはこれからおそいかかってくるしかくからじぶんのみをまもらなければいけない」
漢字交じりにすると、「自己保身の道:君はこれから襲いかかってくる刺客から自分の身を守らなければいけない」
これはどういうことだろうか。これは……
「これは、ずっと戦い続ける道ということか?」
「その通り」
声がする方向に顔を向けると、そこには壁に埋め込まれたスピーカーがあった。どうやら、あのスピーカーは多数決の道以外にも設置されているらしい。
「このタワーには幾通りものルートが用意されており、それぞれクリア条件が異なるのだ。
そこは自己保身の道。これから何十人もの刺客から自らの身を守り、無事に下まで降りることである。自己保身のしかたは自由。取引を行ってもいいし、殺してしまっても構わない。とにかく、下まで降りることだ。健闘を祈る」
そう言って、スピーカーは切れた。きっと録音式だったのだろう。
部屋の中はしばし沈黙に包まれていた。しかし、僕はそんなことに何も気にとめない。
僕が感じていることは心の高まりと――殺人鬼の目覚めであった。
僕は口が自然とニヤリとなっていく。ほんとうに愉しい愉しい。
「僕にとってはおつらえむきなわけだねえ」
クスリと笑うと、僕は開けっ放しになっている扉を潜り抜けた。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
僕は笑いを止められなかった。
「あー、楽しい。楽しい。正確には息が出来て嬉しいというところかなー。あー、ほんと息苦しかったもんなー、息が出来るって本当に素晴らしい!」
僕は笑いながら歩を進める。僕の相棒であり凶器であり狂気――『消化警報(デリートミュージック)』と『富国強兵(デスリッチ)』は血が滴り落ちていた。いままで僕が殺した分の血である。
だいたい、五人ほど殺したかな? 僕は「ヒヒヒヒヒ」と嗤うと、相棒の血振りをする。
ぽとり――血が地面に落ちる。
それにしても、なかなか敵が現れないな。さっき放送ではすぐたくさん現れると思ったのに。
しかたがない。僕はいままでの歩きモードから突進モードに切り替えた。
走り抜けていると、何やら重々しそうな扉が目につく。どこからどう見ても罠であろう。そうとしか思えない。
すると、中には幾十人もの人々がいる。皆が物々しい表情で、得物を握っていた。
「あれ? 囚人が武器が持っているのか……よく許可が下りたなあ」
僕は感心するが、どうやら相手は何も感じなかったようで、僕に向かって斧のようなものを振り落としてきた。
ぼくはそれを当然のように避け、そして男に富国強兵を突き立てる。男はどうと倒れた。
男達は目を見張らせてこの様子を見ている。
「そんじゃあ、そんじゃあさ。宣言させてもらうよ?」
相手が聞いてないのを承知の上で僕は彼等に声を掛ける。
「始めましょ? 零崎を」
僕はそう宣言した後――行動を開始した。
まず近くにいた男の首を消化警報で掻き切る。隣にいたちょっとでぶっちょな男の腹には富国強兵を突き立てた。そして内蔵をえぐり出す。
呻き声を上げる二人には構わずに、僕は次々と男達、囚人達を血祭りに上げていった。
殺していくことに対する興奮は少しはある。といってもそれは殺すことによる興奮と言うより、動くことによる息の乱れと言った方がいいかもしれない。
先程は殺すことで悦びの声をあげたが、普段はそんなことをしないのだ。どうやら、いままで殺すことを――しかも何にも邪魔されずに殺すことは久しぶりだったから、少し酔ってしまったらしい。苦笑する。殺人に酔うとはなんだろうか。酒か?
解体ショーを繰り広げながらも、僕は無識兄さんを思いだしていた。
おそらく、無識兄さんならこの人数、腕ならば三秒もかからないで殺し尽くすのだろう。いや、それもいやいやでやった場合だ。真剣にやれば、知覚する前に殺すはずだ。知覚できる前に皆殺しするはずだ。
それを考えると、僕はなんと弱いことか。遅いことか。ひ弱なことか。苦笑するしかないではないか。
僕は無識兄さんからいろいろなものを教わった。その中でも最たるものは戦闘技術だ。戦いかた。思考の仕方。無識兄さんのそれはとても難しく、ハードなものだったが、僕は輝かしい過去として思い出せる。
無識兄さんの教えは僕だからこそできたのだ。僕は自信を持って言うことができる。他の人では考え方を理解できずに死んでいくだけだろう。そうはならなかった自分がただただ誇らしい。
無識兄さんに少しでも近づけた気がして――でも無識兄さんは不可侵の存在で――矛盾が生じていることはわかっているが、それでも僕は両方の気持ちを持っている。
それにしても、苦々しいのはあの華織――もとい霧華だ。無識兄さんに近しいのは僕だけなのに、婚約者なんてのたまうなんて言語道断だ。次にあったときは雌雄を決する戦いになるだろう。僕は確信を持って考えた。
「――と、こんなことを考えている間に殺し終わったのであります……と」
後に立っているのは僕だけだった。他には血塗れで倒れている死体のみ。死体を人間と考える習慣は僕にはないので、生きてる人間は僕だけだ。
「だってそうでしょ? 死んだら死んだだけだ」
僕はぶつぶつ呟くと、愛する得物の血振りをする。よし。まだまだ大丈夫だ。
「それじゃあ、前に進もうかな。ねえ?」
僕は言葉を紡ぎ出すと、開け放たれたドア目掛けて走っていく。
僕は、ここの塔を最短時間で攻略することにした。だってそうしたら無識兄さんに自慢できるでしょ? ヒソカよりも速く出来たよって……。
「407番、三次試験通過第一号!! 所要時間二時間十二分!」
僕はあっさりと試験に合格してしまった。気分としては拍子抜けというものだ。
せっかく乗ってきたのに、これで終わりなんて……ちょっと肩すかしな気分。
「それにしてもこれからどうしようかな?」
僕は静かに独言する。
さっきの声からして僕はもう合格したらしい。しかし、後には七十三時間ほど時間が残っているのだ。暇で暇で仕方がないではないか。
はあ、と僕は溜息をつくと、とりあえず寝ることに決めた。やることないなら、もう寝ることにしよう。それしかないやーということだ。
ただ、ここで寝るのは自殺行為だ。ヒソカという外敵がいるのだから。
僕は壁際に近づくと、僕は握り拳を作り、そして――壁を崩壊させた。
崩れていく壁を見て、こんなのは無識兄さんのやることだけどね、と呟く。戯言だが。
僕は崩れた壁を通り抜け、自然たっぷりの場所に出た。その木の上で絶をした後、眠りにつく。目覚ましとして携帯電話をセットしたから大丈夫だろう。といっても、七十三時間も眠るとは思わないけど――
僕は眠った。周りは小鳥の鳴き声が聞こえ、うるさかった。
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